焼肉酒家えびすの集団食中毒に学ぶ
私は、直感的にも論理的にもナマモノが苦手だ。
肉や魚介類の生食のリスクについては前から知っており「食のリスクは、衛生上の安全と生産性が複雑に絡み合うことで生まれ、絶対的な安全は保証されない」という持論がある。
そのためか、事件当初は「食中毒を未然に防げなかった店舗側の責任は否めないが、子供に生肉を食べさせる親も非常識」と、よくある食中毒事件ぐらいに思っていた。
ところが、日が経つにつれ犠牲が増えるばかりか、成人の死者まで出す事態となり、この事件の根深さについて考えるようになった。
生食用ではない肉を、生食用として提供していた焼肉酒家えびす(株式会社フーズ・フォーラス)の過失は明らかだ。
しかし、そもそも生食用の肉が市場に流通しておらず、にも関わらずごく当たり前のように提供されていた事実に関しては、一企業が責任を負うだけで済まされる問題ではない。
部位や鮮度といった暗黙の了解はあるのだろうが、明確な基準や根拠もなく消費されていたとすればゾッとする。
今後、安全性を示す何らかのガイドラインが定められなければ、恐らく焼肉業界は打撃を受けるだろう。
また、焼肉酒家えびすは日本テレビの番組『人生が変わる1分間の深イイ話』や同番組のウェブページ上で絶賛されていたのだが、事件後、記事削除によってなかったことにされている。
情報を配信する立場として、当該記事を何の注釈も無く削除するのは恥ずべき手段であり、あまりに無責任である。
昨今は誠実さを欠いた団体を目の当たりにする機会が多く、残念でならない。
当事者は良心が痛まないのだろうか。
生きていて苦しくないのだろうか。
過去を真摯に受け止めることが未来への一歩。
この一歩を誤れば、反省は逃げ道を作る経験にしかならず、ごまかし続けて生きる羽目になる。